大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(ワ)6888号 判決

原告

柴田寿彦

ほか一名

被告

末岡伸夫

主文

一  被告は原告柴田寿彦に対し金一、四二七万六、九〇四円及び内金一、三二七万六、九〇四円に対する昭和五五年一一月二五日から、内金一〇〇万円に対する昭和五七年六月一八日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告柴田寿彦のその余の請求及び原告柴田幸子の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用中、原告柴田寿彦と被告との間に生じたものはこれを三分し、その一を原告柴田寿彦の負担とし、その余を被告の負担とし、原告柴田幸子と被告との間に生じたものは全部原告柴田幸子の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告柴田寿彦に対し金二、一〇〇万円、原告柴田幸子に対し金三〇〇万円及びこれらに対する昭和五五年一一月二五日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一一月二五日午前七時ころ

(二) 場所 港区南青山一丁目二五番八号先路上

(三) 加害車 被告運転の普通乗用自動車(長崎五五な八九一七号)

(四) 態様 原告寿彦が出勤のため地下鉄乃木坂駅入口近くの歩道上を歩行中、被告運転の加害車が運転操作を誤り、歩道上に乗り上げて侵入し、原告寿彦に衝突した。

2  責任原因

被告は、加害車を運転して本件事故現場に差しかかつたのであるが、飲酒運転であつたためハンドル操作を誤り、センターライン付近から急角度で進行方向左側の歩道上に乗り上げて本件事故を起こしたのであるから、民法七〇九条の不法行為責任がある。

3  原告寿彦の受傷の部位、程度

(一) 原告寿彦は、本件事故により左膝関節内骨折、左膝十字靱帯断裂、左膝内・外側側副靱帯損傷、頭部外傷、左鎖骨骨折、右第三~五肋骨骨折、右腰部挫傷の傷害を受け、昭和五五年一一月二五日から昭和五六年二月一七日まで田中脳神経外科病院に、同日から同年八月四日まで順天堂伊豆長岡病院に各入院し、退院後もリハビリ治療を要し、通院している。

(二) 原告寿彦は、右治療にもかかわらず、左膝動揺性、左膝関節可動域制限(伸展自動・他動ともにマイナス一〇度、屈曲自動一〇〇度、他動一一〇度)、左肋骨変形、左下肢筋萎縮、知覚障害等の後遺症が残存し、常時固定用器具を装着しなければ日常生活を行えなくなつてしまい、その後遺障害は自賠法施行令の後遺障害等級七級に該当するとの認定を受けた。

4  損害

(一) 休業損害 金一二四万円

原告寿彦は、本件事故当時六二歳の健康な男性であり、訴外立川株式会社に勤務し、月額金二〇万円を下らない給与を受けていたほか、年二回の賞与があり、その支給額は昭和五五年暮れが金一八万円、昭和五六年夏が金二八万円、同年暮れが金三〇万円であつたところ、事故による欠勤のため、第一回目の金一八万円のうち金六万円が減額され、かつ残る二回分は全く支給されなかつた。原告寿彦は、本件事故により昭和五七年二月末まで治療等のため稼働することができず、被告から昭和五六年一一月分まで月額金二〇万円の支払を受けているので、同年一二月分から昭和五七年二月分までの得べかりし給与分金六〇万円及び賞与不支給分金六四万円の合計金一二四万円が休業損害となる。

(二) 逸失利益金一、六六六万円

原告寿彦は、本件事故による長期欠勤のため、長年勤務してきた訴外立川株式会社を解雇されたのであり、前記後遺障害と高齢とが相まつて、もはや再就職は困難であり、仮に再就職ができたとしても、その収入が月額金五万円を超すことはほとんど不可能であるから、給与分として年額金一八〇万円、賞与分として年額金五八万円の合計金二三八万円の年収を喪失したことになる。

原告寿彦の事故時の年歳は六二歳(大正七年八月二四日生)であつたので、少くともあと七年間は稼働可能というべきところ、戦後の我国経済においては、インフレーシヨンにより大幅な物価上昇をみたことは顕著な事実であり、かような過去の実績に照らしてみて、今後も年率五パーセント程度の物価上昇が続くであろうことは想像に難くないのであり、将来の逸失利益から民事法定利率年五分の中間利息を控除して算定することは、右のインフレの体制下においては不当であるといえるから、原告寿彦の逸失利益は中間利息を控除することなく算出されるべきであり、してみれば、その逸失利益は合計金一、六六六万円となる。

(三) 原告寿彦の慰謝料 金一、五〇〇万円

原告寿彦は、本件事故による後遺症により今日に至るも苦痛の中で温泉療養を余儀なくされており、会社の解雇のみにとどまらず、後遺症に悩まされ、残り長いとはいえない人生を苦痛の中で生き続けるほかない状態であり、筆舌に尽せない無念さである。原告寿彦の慰謝料は、金一、五〇〇万円を下らないというべきである。

(四) 原告幸子の慰謝料 金三〇〇万円

原告幸子は、夫たる原告寿彦が前記傷害及び後遺症を負い、今後も未永く夫の手となり足となつて、その看護、介添に尽くさなければならないこととなり、多大の精神的損害を受けた。これを償うべき慰謝料は金三〇〇万円をもつて相当とする。

(五) 諸経費 金三〇〇万円

次の(1)ないし(6)の合計金三〇六万九、三七五円のうち、金三〇〇万円を請求する。

(1) 原告寿彦の宿泊費 金七四万九、九六〇円

原告寿彦は、本件事故によりリハビリ治療のため、順天堂伊豆長岡病院に昭和五六年八月四日から同年一一月末日まで通院治療せざるを得なくなり、そのための宿泊費として金七四万九、九六〇円を支出した。

(2) 家族の旅費、宿泊費 金六三万七、二〇五円

原告寿彦の前記順天堂伊豆長岡病院における入通院治療の間、妻である原告幸子並びに息子がその世話等のため出張せざるを得なく、昭和五六年一一月末日までに交通費金二九万六、八二〇円、宿泊費金三四万〇、三八五円を支出した。

(3) 電話料 金八万四、〇〇〇円

本件事故のため、連絡費用として金八万四、〇〇〇円の電話料を要した。

(4) タクシー代 金三五万三、一〇〇円

(5) 医師謝礼他 金八〇万円

(6) 雑費 金四四万五、一一〇円

(六) 弁護士費用 金一八〇万円

(七) 損害のてん補

原告寿彦は、被告から損害内金として金二〇〇万円、自賠責保険から後遺障害分として金八三六万円の支払を受けているので、これを前記損害から控除すると、残損害額は、金二、七三四万円となる。

5  よつて、原告寿彦は被告に対し前記残損害額の内金二、一〇〇万円、原告幸子は被告に対し損害金三〇〇万円及びこれらに対する本件事故発生日である昭和五五年一一月二五日から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の被告に運転上の過失があり不法行為責任のあることは認める。ただし、被告は、事故前夜飲酒していたため、事故時呼気に若干のアルコールが検知されたが、本件運転前には飲酒していない。

3  同3(一)の事実中、原告寿彦がその主張の傷害を受け、その主張のとおり入院したことは認めるが、その余は不知。原告寿彦の傷害は、昭和五六年一一月末ころ治癒した。

同3(二)の事実中、原告寿彦が自賠責保険において後遺障害等級七級(ただし、八級七号と一二級五号による繰上げ。)に該当するとの認定を受けていることは認めるが、原告寿彦主張の後遺障害の程度については争う。

4  同4(一)の休業損害については認める。

同4(二)の逸失利益については争う。原告寿彦は、これまで事務的労働に従事してきたのであり、今後も同種の労働に従事すると思われるところ、その後遺障害の程度からすると、労働能力喪失率は三〇パーセント以下とすべきであり、就労可能年数を七年とし、ライプニツツ方式により中間利息を控除するのが相当である。なお、インフレーシヨンによる物価上昇を考え中間利息を控除すべきでないというが、一般に金銭債権について過去のインフレ率が加算されるわけではないのに、逸失利益について予測困難な将来のインフレ率を考慮すべき根拠はない。

同4(三)の原告寿彦の慰謝料額については争う。

原告寿彦の入通院慰謝料は金一六〇万円以下、後遺症慰謝料は金六二〇万円以下が相当である。

同4(四)の原告幸子の慰謝料については争う。被害者が受傷にとどまる場合の近親者の慰謝料請求は、被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、又は右の場合に比して著しく劣らない程度の精神上の苦痛を近親者が受けることが必要と解されるところ、原告寿彦の受傷の程度からすると、死亡に比肩し得る苦痛を原告幸子が受けたとは認められないから、原告幸子の固有の慰謝料は否定さるべきである。

同4(五)の諸経費については争う。

同4(六)の弁護士費用については争う。

同4(七)の損害のてん補については認める。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1の事実(事故の発生)は、当事者間に争いがない。

二  同2の事実(責任原因)については、被告に運転上の過失があり不法行為責任を負うことは被告の認めるところである。

三  同3(一)の事実中、原告寿彦が本件事故により主張の傷害を受け、主張のとおり各病院に入院したことは、当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第二、第一二一号証、原本の存在及び成立とも争いのない甲第三、第一二二号証、原告幸子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一二三号証の一、二、原告幸子、同寿彦の各本人尋問の結果によれば、原告寿彦は、本件事故後田中脳神経外科病院に入院して治療を受けていたが、急性期を過ぎ全身状態も良くなつてきたため、同病院に勤務していた医師の勧めにより、順天堂伊豆長岡病院を紹介され、リハビリ治療のため転医したこと、順天堂伊豆長岡病院退院後も引き続き、リハビリ治療の必要性から同病院に通院していたが、昭和五六年一一月三〇日の時点で改善傾向なしと判断され、その後東京労災病院において、左膝関節可動域制限(伸展自動・他動ともにマイナス一〇度、屈曲自動一〇〇度、他動一一〇度)、疼痛、左肋骨部の隆起、右肩痛、左膝動揺性大で常時膝固定用器具を装着して日常生活を行なう旨の後遺症診断(症状固定日昭和五七年三月三一日)を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はなく、原告寿彦が右後遺障害のため、自賠責保険において自賠法施行令別表後遺障害等級七級(八級七号と一二級五号による一級繰上げ。)の認定を受けていることは、当事者間に争いがない。

四  原告寿彦の損害について判断する。

1  休業損害

原告寿彦の本件事故による休業損害が金一二四万円になることは、当事者間に争いがない。

2  逸失利益

弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第、第九号証、原告寿彦本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告寿彦は、事故当時訴外立川株式会社に勤務し一般管理事務を行つており、年収金二九八万円(給与月額金二〇万円、賞与年間金五八万円)を下らない所得を得られる筈であつたところ、本件事故による長期欠勤のため、右会社を解雇されたこと、原告寿彦は、大正七年八月二四日生まれであり、症状固定時の年齢は満六三歳であること、原告寿彦は、症状固定後も特に左膝部分の悪化を防止するため、順天堂伊豆長岡病院の近くに部屋を借り、同病院に通院してリハビリに努めており、昭和五八年五月二三日現在(原告寿彦の本人尋問期日)就労していないこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はなく、また原告寿彦の自賠責保険における後遺障害認定が自賠法施行令別表後遺障害等級七級であることは前記のとおりである。

原告寿彦の後遺障害の部位、程度に、高齢であることを考え合わせると、再就職が困難な面も窺えるところであり、以上の諸点を考慮すると、原告寿彦の就労可能年数を七年(この点は当事者間に争いがない。)とし、後遺障害等級七級の労働能力喪失率は五六パーセントとされているが、本件では控え目にみても、前記後遺障害のため、前記年収額の六〇パーセントを下らない収入減が見込まれるものと推認するのを相当とする。

原告寿彦は、現在のインフレの体制下において中間利息を控除すべきでないと主張するが、当裁判所は、かかる見解は採用しない。けだし、我国において今後も当分の間消費者物価がある程度上昇するのではないかと推測することはできるが、その上昇率の予測、とりわけ年率五パーセントの割合で上昇することを高度の蓋然性をもつて推測することは困難というほかなく、また原告寿彦の所得が右上昇率を下回らない率のベースアツプにより増額されることの蓋然性を認めるに足りる証拠もないのであるから、原告寿彦のこの点の主張は採用できないのである。

してみると、原告寿彦は、年収金二九八万円の六〇パーセントを七年間にわたり喪失したものとして、ライプニツツ方式により年五分の中間利息を控除(係数五・七八六三)して逸失利益を算定すると、その金額は金一、〇三四万五九〇四円になる。

3  慰謝料

本件事故について原告寿彦に全く落度がなく、被告の一方的過失によつて事故が生じていること、原告寿彦の傷害の程度は重く、現在に至るまで後遺症に苦しめられていること、本件事故のため、それまで勤めていた会社も解雇されたこと、後記五のとおりの原告幸子も多大の精神的苦痛を受けていること、事故後の被告側の対応が原告らをいたく立腹させていること、その他一切の事情を勘案すると、本件事故により原告寿彦の受けた精神的苦痛は極めて大きいというほかなく、原告寿彦の慰謝料としては金一、〇八六万円(入通院関係分として金二五〇万円、後遺症関係分として金八三六万円)をもつて相当と認める。

4  諸経費

(一)  原告寿彦の宿泊費

原告寿彦が順天堂伊豆長岡病院退院後も引き続き、同年一一月末日までリハビリ治療の必要性から同病院に通院していたことは、前記認定のとおりであるところ、原告幸子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一一ないし第一八号証、第六一、第六二号証、原告幸子及び同寿彦の各本人尋問の結果によれば、原告寿彦は、右通院治療のため、右病院の近くに宿泊することを余儀なくされ、控え目にみても、その宿泊費用として一日金六、〇〇〇円を下らない支出を要したから、右通院期間一一九日分として合計金七一万四、〇〇〇円が本件事故と相当因果関係ある損害として認められる。

(二)  家族の旅費、宿泊費

成立に争いのない甲第一三二、第一三三号証、原告幸子本人尋問の結果によつて真正に成立したものと認められる甲第一九ないし第六〇号証、原告幸子本人尋問の結果によれば、原告幸子は、順天堂伊豆長岡病院における原告寿彦の入通院期間中(なお、同病院の入院中は一応完全看護の形態であるが、必ずしも十分でなかつた。)、四十数回にわたり身の回りの世話等のため原告寿彦の許を訪ねていること、その旅費は、原告ら方から営団地下鉄線、東海道新幹線、伊豆箱根鉄道線、伊豆箱根鉄道バスを利用し、一人一往復金六、六〇〇円(ただし、昭和五六年一〇月一九日以降分は金七、一二〇円)であり、また宿泊費として一泊金六、〇〇〇円を下らない費用(ただし、二泊だけ金六、〇〇〇円未満の宿泊費があるが例外である。)を要したことが認められる。

ところで、交通事故の被害者の近親者が看護等のため被害者の許に往復した場合の旅費等は、その近親者において被害者の許に赴くことが被害者の傷害の程度、近親者が看護にあたることの必要性等の諸般の事情からみて、社会通念上相当と認められる場合に限り、事故により通常生ずべき損害と解すべきところ、本件における原告寿彦の傷害の程度、前記病院における治療内容、原告寿彦の年齢等諸般の事情を勘案すると、原告寿彦の前記病院の入院期間中に限つて、原告幸子が一か月に二回程度の割合で被害者の許に赴くことは社会通念上相当というべきであり、したがつて、旅費、宿泊費として一回当り金一万二、六〇〇円の一一回分である合計金一三万八、六〇〇円が本件事故と相当因果関係ある損害として認められる。

(なお、原告寿彦と同幸子とは財布共通の関係にあり、形式的には原告幸子の出費になる右損害を原告寿彦の損害として請求することに問題はないと思われる。)

(三)  電話料

成立に争いのない甲第六三ないし第六八号証、原告幸子本人尋問の結果によれば、原告寿彦方のダイヤル通話料は本件事故後激増し、事故前の昭和五五年一〇月分のダイヤル通話料が金一、〇九〇円であつたものが、同年一一月一日から同月二八日までの分が金七、七五〇円、同月二九日から同年一二月二五日までの分が金一万三、五七〇円、同月二六日から昭和五六年一月三〇日までの分が金一万三、三六〇円、同月三一日から同年二月二七日までの分が金一万五、四七〇円、同月二八日から同年三月三一日までの分が金九、四一〇円、同年四月一日から同月三〇日までの分が金七、七二〇円になつていることが認められるところ、事故による受傷を親類、縁者等に電話連絡した場合に要した費用も社会通念上相当と認められる範囲に限り、相当因果関係ある損害と解すべきであるから、特段の反証のない本件においては、右ダイヤル通話料の推移からして一か月金六、〇〇〇円の割合による六か月分の合計金三万六、〇〇〇円をもつて、本件事故と相当因果関係ある損害と解するのが相当である。

(四)  タクシー代

原告寿彦は、田中脳神経外科病院入院中等に要した原告幸子の同病院を往復する際のタクシー代等を損害として請求するが、右タクシー代を本件事故と相当因果関係ある損害ということは困難であり、慰謝料を算定する際の斟酌事由として考慮するにとどめるほかないと解するから、右請求を認めることはできない。

(五)  医師謝礼等

前記原告寿彦の受傷の部位、程度、治療経緯、入通院期間等を考え合わせると、原告幸子本人尋問の結果によつて認められる医師、看護婦等に対する謝礼については、金五万円の限度で相当因果関係ある損害と認める。

なお、本件原告ら訴訟代理人弁護士に委任する以前の他の弁護士に要した費用は本件事故と相当因果関係ある損害とは認められない。

(六)  雑費等

原告寿彦の入院期間は計二五三日であるところ、一日当り金八〇〇円を下らない雑費を要したものと推認するのが相当であるから、合計金二〇万二、四〇〇円の入院雑費を損害として認めることができる。原告幸子は、右金額以上の雑費を要した旨供述するが、相当因果関係ある損害として認めることはできない。

また、原告幸子本人尋問の結果によれば、原告寿彦が本件事故当時身につけていた背広、ワイシヤツ、カーデガン、靴、ネクタイ、時計等が事故のため損傷し、廃棄したことが認められ、右損害額は控え目にみても、金五万円を下ることはないと推認することができるから、同額が損害として認められる。

5  損害のてん補

原告寿彦が被告から金二〇〇万円、自賠責保険から金八三六万円の支払を受けていることは、当事者間に争いがないから、原告寿彦の前記損害額金二、三六三万六、九〇四円からこれを控除すると、残損害額は金一、三二七万六、九〇四円となる。

6  弁護士費用

原告寿彦が前記損害金の任意の支払を受けられないため、原告ら訴訟代理人弁護士に委任して本訴を提起、遂行してきたことは、当裁判所に明らかであるところ、本件訴訟の難易、前記認容額、訴訟の経緯等諸般の事情を考慮すると、本件事故と相当因果係ある弁護士費用としては、金一〇〇万円をもつて相当と認める。

五  次に、原告幸子の慰謝料請求について判断するに、第三者の不法行為によつて身体を害された者の配偶者は、そのために被害者が生命を害された場合にも比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らない程度の精神的苦痛を受けたときに限り、自己の権利として慰謝料を請求できると解すべきところ(最高裁昭和四二年六月一三日判決、民集二一巻六号一四四七頁、同昭和四三年九月一九日判決、民集二二巻九号一九二三頁参照)、本件における原告寿彦の傷害の部位、程度、入通院期間、後遺障害の部位、内容、程度等は前記のとおりであり、これに原告幸子本人尋問の結果によれば、妻である原告幸子がかなりの精神的苦痛を受けたことが認められるものの、右程度では未だ客観的に被害者の死亡に比肩すべき、または右場合に比して著しく劣らないほどの精神的苦痛を受けたとまでいうことは困難であり、この点は原告寿彦の慰謝料額の算定にあたつて一切の事情として考慮するにとどめるほかないと考える。したがつて、本件において原告幸子の固有の慰謝料請求を認めることはできない。

六  以上のとおり、被告は原告寿彦に対し、損害金一、四二七万六、九〇四円及び内金一、三二七万六、九〇四円に対する本件事故発生日である昭和五五年一一月二五日から、弁護士費用である内金一〇〇万円に対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年六月一八日から(弁護士費用の付帯請求起算日を事故発生日とするのは相当でない。)各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

よつて、原告寿彦の本訴請求は右の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は理由がないのでこれを棄却することとし、原告幸子の本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 武田聿弘)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例